~自分を諦めてる人が、自分を知り、自分の人生に挑戦するために~

自分史 高校~大学

 
自分史 高校~大学
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ライフコーチ 大野貴之
自分を諦めてる人専属ライフコーチ 1986年兵庫県生まれ。子供の頃の習い事はピアノ・公文式・水泳。「なぜこんなこともできないの!」と、毎日親から言われ続け「自分は能力がない」と思いこみ、「どうせやっても意味ない」が口癖に。関西学院大学に入学後、「ずっと諦めてきた自分には、やりたいことも将来の夢も何もない」と学ぶ意味を見失い、3ヶ月“半引きこもり”に。卒業後、唯一内定が出た東証一部上場IT企業にSEとして8年間勤務。2017年、6ヶ月連続150時間残業により、うつ病と椎間板ヘルニアを発症。腰痛で寝返りも打てず“死”を意識した事で「もっと自分のために生きたい!」と心の声を聞き、年末に退職。直後にライフコーチングと出会う。自分を諦めてきた人生を振り返り、「何もない」のではなく「何があるか見ようとしていない」自分に気付く。人の可能性に触れる生き方に使命を感じ、「自分を諦めている人」の人生への挑戦をサポートする為、ライフコーチとして活動開始。昼夜逆転に9年悩んでいたクライアントの生活改善をサポートするなどの実績がある。
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2005年:兵庫県立御影高等学校卒業
2009年:関西学院大学商学部卒業

 

表面上だけ取り繕っていた高校生活

中学3年間野球部をがんばったおかげでスポーツに対する苦手意識もなくなり、少しだけ自信がついた僕は、高校からは少し強気で振舞うようになりました。

幸いそれはうまく機能したのか、周りからは「できるやつ」といった扱いを受けるようになり、高校生活はかなり充実してました。初めての彼女ができたのもこの頃でした。

ただ、表面上は「できる」風に取り繕っていたものの、実際の中身はこれまでとほとんど何も変わらず、『自分はダメな人間』という想いは全く消えていませんでした。

それどころか、表面上がなまじ良くなったばっかりに、本当のダメな自分を見ないように見ないようにしていたんです

そして、「ダメな奴と思われたくないから、できないことはやりたくない」といった感じで、苦手なことから避けるようになってしまったように思います。

この頃もまだ周りの評価が自分にとっては一番大事で、それを失う事に怯えながら毎日強がってたんだと思います。

 

自分の気持ちがわからず、周りが良いと思う進路へ

そしてダメな自分を見たくないという想いは、進路を決める時にも大きく影響してしまいました。

自分は何が好きなのか?」「自分はこれからどうなりたいのか?

そういったことを考えると、本当は何もできない空っぽの自分を見ることになり、それが本当に嫌でした

そうして自分自身と全く向き合うことなく、自分が良いと思うものではなく、周りが良いと思う進路を進む事にきめてしまったんです

今にして思えば、この決断(正確には決断すらしていない)がこの先の全ての苦労の原因だったように思いますね…汗

 

「自由」は恐怖でしかなかった

そんな理由で決めた大学だったので、入学後すぐに大学に行く意味がわからなくなってしまいました。大学って履修する講義から、どんな大学生活を送るかまで完全に自由ですよね。

その自由さが大学生活の魅力だとは思いますが、これまで自分自身の意思ではなく、周りの評価ばかりを気にして生きてきたので、この自由さは僕にとって恐怖でしかありませんでした

自分はこれからどうなりたいのか?」「自分は何を学びたいのか?

それが自分で全く分かっていなかったので、何をどうすればいいのかがわからなかったんです。そしてここでも僕は、自分自身と向き合うことなく、ただ目の前の恐怖から逃げるように大学に行かなくなってしまったんです。

 

腰のヘルニアとうつ病

そうして2年生になる頃にはほとんど学校には行かず、サークルとバイトだけの生活になっていました。

しかし…それだけではありません。実は高校の頃、体育の授業で腰を強打したことがあり、それ以来腰の調子があまりよくなかったんですが、この頃その腰の痛みが急激に悪化。

病院に行くと椎間板ヘルニアと診断され、それ以来寝たきりとなる日も多く、外出する事もほとんどなくなりました

心身共にドンドンやつれていき、病院こそ行きませんでしたが、鬱のような症状にかかってしまいました。この時の事は正直言ってよく思い出せません。それくらい苦しい日々でした。

ずっと頭にモヤがかかったような感じで、なぜか視界も黄土色に見えていました。でも整体に通ったり、地元の友達と遊んでストレスを発散させることで、時間はかかりましたが、少しずつ、少しずつ症状を回復させていきました。

 

前向きのようで逃げていただけの就職活動

そして心身ともにすっかり回復した頃、周りはもう既に就活を始めている時期でした。僕も慌てて就活を開始するも、当然、大苦戦。

そもそも「自分が何をやりいたいのか?」「これからどうなりたいのか?」が自分でわかっていないので、アピールすることがなかったんです。

そしてもう後がない4年生の春、

「どうせやりたいことがないなら、今までやったことないことをやってみよう」

と思い、僕は「未経験者歓迎、東証一部上場企業」といった肩書きだけで会社を選び、好きでも得意でもないIT企業に就職することになりました

当時の僕は前向きな選択だと思っていたのですが、今振り返ると、やりたくないことから逃げてただけだったんですよね。そしてこれをきっかけに22年間すんだ土地を離れて上京する事になりました。

 

▼続きはコチラ
自分史 会社員時代①

 

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自分を諦めてる人専属ライフコーチ 1986年兵庫県生まれ。子供の頃の習い事はピアノ・公文式・水泳。「なぜこんなこともできないの!」と、毎日親から言われ続け「自分は能力がない」と思いこみ、「どうせやっても意味ない」が口癖に。関西学院大学に入学後、「ずっと諦めてきた自分には、やりたいことも将来の夢も何もない」と学ぶ意味を見失い、3ヶ月“半引きこもり”に。卒業後、唯一内定が出た東証一部上場IT企業にSEとして8年間勤務。2017年、6ヶ月連続150時間残業により、うつ病と椎間板ヘルニアを発症。腰痛で寝返りも打てず“死”を意識した事で「もっと自分のために生きたい!」と心の声を聞き、年末に退職。直後にライフコーチングと出会う。自分を諦めてきた人生を振り返り、「何もない」のではなく「何があるか見ようとしていない」自分に気付く。人の可能性に触れる生き方に使命を感じ、「自分を諦めている人」の人生への挑戦をサポートする為、ライフコーチとして活動開始。昼夜逆転に9年悩んでいたクライアントの生活改善をサポートするなどの実績がある。
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